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戸建て・マンションのリフォーム・リノベーション、インテリアデザイン・家具のデザイン製作の【有限会社 創プランニング匠屋】

TEL: 03-5614-0567
MAIL:
hiraku-tkmy@sunny.ocn.ne.jp

匠屋社長のプロフィールaccess


名前 平工秀哉(ひらくひでや)
生年月日 昭和37年9月15日 B型 乙女座
座右の銘 明けない夜明けは無い
愛車 スバル STI A LINE
自転車 De Rosa / PRIMATE
趣味 何時まで経っても上手くならないゴルフ(上手くなる気は有る)
最近、全く乗らなくなってしまった自転車(組み立てている時が一番面白かった)
生い立ち 1962年 大田区仲池上で生まれ育つ
幼少のころから腕白で近所では有名な悪ガキ
高校生時代は、それなりの暴れん坊でしたが
両親の愛情もあって、それほど道を外さずにすくすくと育てて貰った
人生の分岐路 高校を中退しトラックの助手、運転手をしていた19歳の時
ふと新聞の三行広告の『丹波道場第二期生募集』を目にし
なぜか『これだ!』と、思い立ちオーデションに応募
難関だったオーデションに、まさかの合格
その後、劇団活動を行い30歳まで俳優として所属するも
出世作などある訳も無く、30歳で役者活動の終焉を迎える
人生の筋道 25歳の時、アルバイトをしていたピザ屋の社長の母親から
『平工君、今は若いんだから何をしていても大丈夫!
でもね30歳になって自分の人生を賭ける仕事を見出せなかったら
あんたの人生は先が見えなくなるよ!
それまでは好きな事を歯を食いしばってやりな!でも30歳までだからね』
この言葉が脳裏から離れず、30歳で俳優を辞める決心をし
当時、アルバイトでお世話になって居た役者時代の先輩が興した
荷揚げ屋さんで正社員として働かせてもらうことに
人生の出会い 高校中退でまともな仕事にも就いたことの無かった30歳
仕事は内装工事の現場作業
荷揚げ屋だった会社も時はバブルの最後の頃
建築現場は、まだまだ仕事が溢れかえり
職人さんが手薄だった時代、荷揚げ屋だった会社にも仕事の依頼が増え
職人もどきで、現場作業をする毎日が続きいつしか
いっぱしの職人になって居た30代前半
気づくと、職人さんから職人さんを纏める職長さんになって居た35歳
散々悪さをして来た悪ガキが、事も有ろうに人を纏める役に変身していた
人生の転機 職長さんをしていると、いろんな立場の人と関わるようになり、
ある日とある会社の担当さんに
『君、面白いね!今度会社案内もってうちの会社に遊びにおいでよ』と言われ
社長と一緒に伺うと、なんと800万円もの仕事を頂ける事に。
その一件で、現場の職長さんから営業職に配置換え
それから5年、高校中退の役者崩れのこの私を
電話の出かた、お辞儀の仕方、挨拶の仕方、箸の持ち方まで
徹底的に社長に仕込まれ、いっぱしの営業マンに育ててくれたのは
役者時代の先輩であった社長さんだった
人生の自惚れ 人間、仕事が出来るようになると、生意気になる者で
さも、自分が仕事が出来る男だ位に勘違いをし
恩のある社長に手のひらを反すように独立
引き抜かれた形で、株口工房に入社し
その後、有限会社匠屋を共同出資で設立
現在 共同出資で設立した会社だったが
船頭多くて船山に上るごとく
設立8か月で会社は解散
まさか、神輿を担ぐ側から神輿に担がれる立場に
有限会社創プランニング匠屋の看板を掲げ現在に至る